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今日はちょっと涼しいな〜と、温度計を見たら32度だった。32度で涼しいと感じる自分がこわい。日ごろ低炭素生活を標榜している我が家だけど、先週あたりからさすがに時々エアコンをつけながら過ごしている。ここへ引っ越してきて約15年になるが、日中からエアコンを作動させるのは初めてのことだ。いかに前代未聞の暑さかということですね。なにしろ体温より高いのだから、もはや生命の危険すら感じる気温。そしてこう暑いとね、何につけやる気というものがどんどん蒸発していくのが分かります。お盆休みのせいもあってか、電話やメールもぐっと少なく、世の中全体もべた凪のように停止している。灼熱の町も日中は人影はまばら。こういう時は南国の習慣に倣って、シエスタするなり、のんびり体を休めるに限る。無理してやる気のでない仕事に向かってもはかどらないだけだしね。 今までに、これは暑い!と悲鳴を上げたくなるような事態が何度かあった。思い出してみると、そのいずれもが旅先のヨーロッパだ。まず、異常に暑かった初夏のロンドン。一緒に旅行してたKちゃんと何故かダブルデッカーの市内観光バスに乗ってしまった。ふだんならこんなベタな観光客行為はしないのに、ほんの出来心というやつだったのかもしれない。もちろん見事にこれは失敗。帽子もかぶらずオープンエアの2階に乗り込んだ我々は(水で濡らしたハンカチを頭に乗っけるという純日本的、川下り船的暴挙にでるも)日射病寸前でふらふら、観光どころではない。そしてバス自体も暑さのためかエンジンストップしてしまい、やむなく途中下車、結果命拾いすることに。この後パリに移動しても灼熱はおさまるどころか、さらに上昇。当時パリのホテル(アメリカンタイプ以外の)には冷房などないから、無防備と分かっていながら窓を開け放って寝た。折しもサッカーのワールドカップ開催中であったために、朝っぱらからテレビのサッカー中継を観戦する人々の大騒ぎで目が覚ますことになった。つまり、どの部屋も皆窓を開けっ放しだったわけ。この時のパリはあまりの暑さで何もかもぶっちゃけてしまっていた。町を行く誰もがエビアンのボトルを手にしており、飲み終わったボトルは適当に放置するので(さすがパリっ子!)、街角のあちこちにまるでコンセプチュアルアートみたいにペットボトルの山ができていた。ブティックに行けばソルドのシーズン、狭い試着室は暑いのでパリジェンヌたちは人目もおかまいなし、店内で勝手にお着替え!「猖獗を極める」というのはこういうことかと思い知りましたね。猛暑のトスカーナというのも経験した。およそイタリアの古い町というのは、城塞で囲まれすべて石造り。強い日射しに灼かれると、街全体が石窯のようになってしまう。こうなると日陰といってもちっとも涼しくない。日射しを避けて逃げ込んだつもりの薄暗い礼拝堂の中が地獄のように暑かったことも。フィレンツェでは(ジャンニ・スキッキのラウレッタではないけれども)できることならアルノ川に飛び込みたいくらいだった。あまりの暑さにさすがの我々も一向に食欲が湧かず、タルタルステーキばかり注文してたっけ。CAFFE FREDDO CON GHIACCIO(氷入りエスプレッソ)なんていうのを覚えたのもこの時。グラスの中の氷がみるみる溶けていくのにおそれをなしたものである。さて、よく観察してみれば、日中に表をうろうろしているのは観光客ばかり。地元の住人たちは、お昼を食べたら後はちゃんとシエスタ、そして夕方日が落ちて気温が下がり風が通るようになってから三々五々と町に出てくる。まだ澄んだ青みの残る夜空を眺め、夕涼みがてらそぞろ歩くのは暑い夏ならではの楽しみなのだ。もちろん途中でアペリティーヴォ、あるいはジェラートタイムとなる。いつもの店で仲間と顔をあわす楽しみもあり、いわば日常の社交の場なので、ご近所といえどもちょっとおしゃれして出かける。新調の服を見せびらかすのに絶好のチャンスでもあるのだ。この夕刻のひとときにこそ似合う服というのがある。麻やジャージー、綿ローンなどの涼しげなスリップドレスの類いで、いずれもかなり露出度が高い。足下はもちろん素足にサンダル。この手のドレスを着るのには、よくブロンザートした肌が必須条件。つまり小麦色の肌は夏のドレスに欠かせないアクセサリーのようなものなので、女たちはせっせと日焼けに精をだすのだ。なまっちろい肌を露出するのはとんでもなくみっともないことであり、日本の女の子がよくやるようなキャミソールの下にTシャツを重ね着する着こなしも彼女らには理解不能の行為。中にはどうみても度の過ぎた日焼けによるシミ、マッキアートが斑になっているマダムもいるけれど、このダルメシアン状態の胸元にジャラジャラと金のネックレスをつけて迫力を出すのが、ステータスシンボルというかイタリア女の面目躍如ということらしい。シンプルな黒いサマードレスも定番のひとつ。いったい下着はどうなっているのかなと思うような(多分ショーツ以外着ていない)深い襟ぐり、がっぽり背中のあいたドレスに、手首には大きめのバングル、サングラスなんていうのが、いかにもいい女の見本のようなスタイルだ。バールの表の通りに向かってパラソルを出した、一番目立つテーブル席に見つかる可能性が高い。充分に見られることを意識しているということだ。同席の夫や恋人、エスコートしている男たちの誇らしげな表情もなかなかの見物である。しかし、こういった情景にこちらの目が慣れてくると、たいがいやらかす失敗がある。ついふらふらと露出度満点の服を買ってしまうのである。私は日焼けしても真っ赤になるだけの体質、ブロンズ色などほど遠く、さらには魅惑のボディーの持ち主でもない。東京に帰って夢から醒めた状態になると、とても着られたものじゃないのだ。こんなに暑くっても、夏のバカンス仕様の服はやっぱり東京の町には似合わないんである。 ※写真はご近所グーリエ橋の夕暮れ時。アペリティーヴォはいつもスプリッツ・コン・アペロールで。 |
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